僕の夢は兄を助けること。
僕がもっとも恐れている質問がある。
夢はなんですか。
偽善的な人間は、大人になっても夢は叶うだとか、始めるのに遅いはないだとか、年老いた僕みたいな人間を勘違いさせようとする台詞を良く吐いている。どうせそれで夢を叶えるためのキットみたいなのを売りつけて儲けようという算段だろうけれど、僕は騙されない。なんと、騙されない人になるための本を買っているのだ。しかも全10巻の超大作。途中で出てきた宇宙開発担当恒星に主人公の生き別れた兄がいて、星を支配し得る高次元エネルギー体を永遠に産み出す肉体となってしまったため、唯一触れることができる主人公に始末して欲しいと依頼をしてきたのが、実は宇宙の破壊を企てる侵略者だったという嘘にはちょっと騙されそうになった。危なかった。
閑話休題。
ここからは真面目にいこう。
僕は夢がない。
何かになろうと思ったことがない。
弟に勧められて音楽を聞いたし、好きな作家は親が読んでいたから知った。友人に誘われて入った部活は全然上手にならなくて、知り合いに誘われて触れた楽器はいやいや続けていた。
ただ、周囲に勧められて巻き込まれて始めただけ。
夢はなんですか、と巷では色んな人が聞かれている。
みんな色々な答えを持っていることが、羨ましいと思う。と同時に、夢がないお前なんか生きていくべきではないと言われているようで、足下がぐらつく感覚に陥る。
何かのために頑張るのが当たり前の社会で、頑張る目標がない人間はどう頑張れば良いのか。
やりたいことがないなら、やりたくないことを排除していけば良い。世の中のやりたくないことをゴミ箱に放り込んで、最終的に残ったものがやりたいことだ。
そんなアドバイスも耳にする。
けれど、僕みたいな人間は、やりたくないことなんかいくらでもあるのだ。
ゲームは好きだ。でも、目は痛くなるし上手にクリアできなくてイライラするし、しまいには飽きる。これでもう、やりたくないというゴミ箱の中に無理やり詰め込む理由ができてしまう。
テニスは好きだ。でも、実際やってみたらすごい疲れるし、ボールは場外ホームランだし、筋肉痛がひどい。見るもの好きだけれど、やっぱり途中で飽きてしまって、ああ自分は熱中できるほどにテニスが好きではなかったんだなと知らしめられる。これでもう、テニスはゴミ箱の中。
そうしてありとあらゆるものにやりたくない理由を付け足すと、残るものはもう寝ることと食べることくらいになる。食べるのだって、最近お腹に余分な肉が付き始めたから嫌だし、寝起きは頭が痛くなることがしょっちゅうだ。
でもそんなことを言っていたら、やりたいことがなくなって、やりたくないことばかりになって、何も出来なくなってしまう。
そもそも、やりたいことって、なんだろう。どうして、やりたいかどうか分からないんだろう。
それが最近、ようやく分かり始めた。
やりたいことが分からないのではなくて、やったことがないからやりたいかどうかすらも分からないのだ、と。
何事も経験だ、と口を酸っぱくして言っていた親や先生が本当に言いたかったことが、なんとなく理解できた。
経験することで好きか嫌いかわかる。だから、なんでもやってみた方が良い。食べたことのない料理が好きか嫌いかなんて、食べてみないと分かるはずもない。
僕はまだ、匂いや色でなんとなく食べたくないかもと判断しているに過ぎない。でも食べてみたら、意外と美味しいかもしれない。嫌いな味だったら、無理して食べなければいいだけだ。無理して食べなくちゃいけない場合でも、水やジュースで喉の奥へ流し込んでやればいい。
そんな中で、なんとなくでも続けられるものが見つかるかもしれない。
それは夢にはなりえないけれど、生きていく糧くらいにはなってくれるはず。
僕に夢なんかはない。
でも、ちょっとでもやってみたいと思ったら、やってみようかなと思う。
ということで僕は、やっぱり生き別れた兄を救うため、宇宙開発担当恒星にまで亜光速ロケットで向かうとする。
道中どんなことが待ち受けているか分からない。船外に放り出され、宇宙服ひとつで決死の帰還を試みるかもしれない。はたまた、人間では感知すら出来ない宇宙人に捕まってしまうかもしれない。
けれど僕はやりとげてみせる。
待ってろ、兄よ。
僕が助けるぞ。